ヨシナシブイシ

新規V6ファンの書き捨て

ホールドアップダウン終盤の展開についての私見

V6主演映画第二弾である「ホールドアップダウン」について、「最後がよくわからない」という意見を時々目にします。

個人的にも初見ではよくわからなかったのですが、後から考えるとあれはああだったのかな…と思える箇所がいくつかあったので、考察とも言えない私見を書いておきます。

 

結論から言うと、ラストの意味不明な乱闘シーンは平松(剛くん)の深層心理での葛藤です。

かじっただけのフロイト的な解釈を用いて考えますが、人間には自我(意識)によって抑圧された無意識の領域があります。この抑圧された無意識の欲動は、夢という形で表象されるとされています。

乱闘シーンに至るまでの経緯を考えると、ぎんゆうろう別館に立ち入る(実際には廃墟)→よくわからない結婚式に紛れ込む→バーで呑み、心の内を話す→ゾンビに襲われる、という流れだったと思いますが、これは明らかに不自然です。助けたい神様の事まで忘れて流されるままに、目の前の出来事に違和感を覚えず行動するさまは、夢の中での行動のようであると言えるでしょう。「夢」は昔から「死」との親和性が高い現象であり、ゾンビという死の世界の住人が出てきた事も納得できます。この場面は平松視点で進むので、平松の夢、つまり無意識の欲動と考えられます。

では、登場した他のV6メンバーや香椎ちゃんはどのような立ち位置でしょう。平松の夢であるなら、あまり関わりのない、殆ど会った事すらない人物が現れるのは不自然であると考えられます。しかし、ここで考えなければならないのは、あくまでこれは物語であり、私達観客という第三者の目線が存在しているという事です。現代の映画ではメタ視点を持たないものの方が少ないでしょうし、この映画においても例外ではないと考えます。私達観客は、他のメンバーや香椎ちゃんのキャラクターを知っています。特にV6に至っては役に入っていない素の姿も知っているはずです。それらのイメージが、それぞれのキャラクターに投影され、平松の心の中にある様々な視点や立ち位置の表象として現れているのではないでしょうか。事実、平松視点の夢のような描写であったのに、乱闘シーンでは平松は他のキャラクターと変わらない、六人平等の描写がされています。これは、意識が無意識の領域に降り、他の衝動と等しく渡り合っているためと考える事ができます。ラストシーンでの「よくわからない」という感情の気持ち悪さの正体は、それまではそれぞれのキャラクターを神視点から理解できていたのに、いきなり観客自身も巻きこんだ関係性になったということにもあるのではないでしょうか。

また、あの乱闘シーンが無意識の表象であると考える根拠として、縦方向の運動がよく見られるということも挙げられます。この映画はとにかく走ったり逃げたりが激しいですが、その殆どは横方向の運動であったと考えられると思います。冒頭のサワノボリタカシとサンタさんとの鬼ごっこも、地下鉄に入るという縦方向の運動はありますが、印象的なのは同じフロアをぐるっと回るシーン、つまり横方向の運動です。一方で、ラストの乱闘シーンでは、螺旋階段や梁?の上など、高さのある舞台装置と飛んだり落ちたりと言った運動が目立ちます。カメラワークも、高さを意識したものが多いと感じました。横方向の運動が身体の移動なら、縦方向の移動は精神の移動であると考えられます。無意識の様々なレベルを乱闘(暴力)によって遷移することによって、葛藤を表現することに成功しているのではないでしょうか。

では、その乱闘の果てに平松が辿り着いた感情は何でしょうか。敬虔なクリスチャンでありながら、神のもとには行くことができない自殺という道を選ぼうとし、神の役に立つ事ができないと悩みながらも結局は自分の人生のやりきれなさを嘆いていた平松。彼は、「神に自分を憐れんで欲しい」という結論に至ります。神のために何かをしたいと考えながらも、自分のしたことも見てもらいたいという考え。善行は、全て神のためと言い切る事はできません。少なからず、自分がこうしたい、という自分勝手な感情が入り込みます。素直で純真な平松は、そのことが許せなかったのではないでしょうか。しかし、自分も他人に何かしてもらいたがっているということに気づけた事は、人生において大きな前進になったと思います。そしてそれが、自分が助けた女の人に対して、笑顔を見せる事ができるというラストに繋がったのでしょう。

 

なんだかつらつら書いてきて疲れてきましたが、これはあくまで私見です。監督は単純にホラーとアクションを書きたかっただけであり、これはエンタメ映画として楽しむのが正解であるとも言えるかもしれません。しかし、作品というものはひとたび世の中に投げ出されれば、どんな受け止め方は制約がないと考えているので、好き勝手書かせてもらいました。

また、あのシーンは明らかに夢のようであり、そうなると無意識と結びつける事も容易なので同じような解釈をするかたもいらっしゃるだろうなぁと思ったら、やはり私より何倍も理路整然とまとめていらっしゃる方がいました。ので、リンクを張らせていただきます。↓

映画「ホールドアップダウン」感想まとめ パジャマでごろんと日記/ウェブリブログ

ともかく自分の考えを吐き出せたので満足です。

ちなみに私にとって最も印象に残っている台詞は「イエス様…東洋人だったのか…」(うろ覚え)ですね。