ヨシナシブイシ

新規V6ファンの書き捨て

ミヤケケンという「アイドル」

「テレビに出てる人なんてみんな虚像なんだから」

 

アウトデラックスに出演したときの三宅さんのあまりに有名な発言である。V6の中では一番「アイドル」しているといえるであろう三宅さんがこのような発言をすることに、非常に興味を惹かれるものがある。

なので、坂本担であるにもかかわらず、いきなりのブログ記事で「アイドル」というメディアとはなにか、そしてミヤケケンという人について考えようと思う。

 

あくまでこれはつい最近沼に落ちた新参の考えであることを念頭に置いて読んでいただきたい。またネットの濁流の中でもし万が一三宅さんの目に入ったら非常に気持ち悪く映るだろうから、フルネームでは書かないようにする。

 

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まず、READY?特典盤に収録されている三宅さんのソロ曲『“悲しいほどにア・イ・ド・ル ~ガラスの靴~』(以下『悲しいほど~』)を導入とする。『悲しいほど~』の歌詞では、アイドルとしての自分、ミヤケケン個人としての自分、そのはざまとしての自分をアイドルとしての矜持とともにうたっている。特に最近の「お子様なわがままキャラ」としての売り出され方を見ていると、「ちやほやされても俺うぬぼれない」「持ち上げられたって持ち上がらない」といった歌詞に感じ入ってしまう。(個人的に三宅さんは「こう見えて硬派なところもあるんです」なギャップキャラを推していった方がいいのではないかと…)

 

しかしこの歌で重要なのは歌詞ではない。それがどのようなメディアによって伝えられているかが重要なのである。ここでいうメディアはマスコミのことではなく、他人にものを伝える媒体という意味であると理解してもらいたい。

『悲しいほど~』を聴いていると、三宅さんの声に強くエフェクトがかけられていることが分かる。あえて歌いだしは本人の声であり、そこから急速にエフェクトがかけられていることを考えると、かなり意図的に行なわれているのだろう。エフェクトとはつまり他人の手による加工である。赤裸々に自分を「さらけだしてみせ」ているように見えて、その実ガチガチに他人の手が加えられているのがこの曲の面白みなのである。

 

これを具体的なものに置き換えて行くと、冒頭の虚像発言も更に理解できる。アイドルである以上、何を伝えるにしても、文字起こしや編集など、他人の手を通じて伝えられ、それはそれぞれの媒体に合った形に変換される。三宅さんは誰にもましてそのことに対して割り切っているように感じられるのである。

例えば、2013年3月4日の「ラヂオ」内での「僕はボカロ」発言。ボーカロイドは容姿と最低限のデータ以外、クリエイタ―のn次創作によって派生していく一つのコンテンツである。歌、アニメーション、イラスト、多くのサブカルチャーのハブとなっている。そのボカロのように、彼は「自分はみんなに作り上げられている」という。その真ん中に三宅さんがいるといわれても、最後までそれをはっきり肯定はしなかった。彼は、それぞれのファンが投影している「ミヤケケン」という人間はあくまでそれぞれの思い描く「ミヤケケン」であり、偶像・虚像ということを意識しているのだろう。発信力を持っているからこそ、手話やボランティアを続けたいと言っていたこととも繋がっているのではないだろうか。つまり、それぞれの思うミヤケケンのデータにそれらが加われば、それは「そういう前提」として浸透するのである。

 

一方、ボカロのようなことに言及しているラヂオ自体も、「アイドル」ミヤケケンとして持っている番組であって、やはりフィルター、メディア越しに語られているものである。はじめてラヂオを聴いたときは普段の明るいキャラと低いトーンとのギャップに少し驚いたものだが、それでもやはり素とはいえないのではないだろうか。どこまで行っても、彼がアイドルで私達がファンである限り、メディアを飛び越えた「そのまま」の状態になることは不可能であろう。しかし、そもそもアイドルという職業においてファンがベールの向こうの本人を知ることは意味をなすのだろうかとか、アイドルよりそのままの本人の方が良いという二項対立になってしまうのはおかしいのではないかとか、アポリアに陥ってしまうだろう。

 

だからこそ、私は早くコンサートにいきたい。そこでは、少なくとも通信技術を用いたメディアは取り払われ、彼自身の持つメディア性のみを感じることができる。そこには独特なアイドル‐ファン間の関係性が生まれているに違いない。「テレビの中のme 生身のme もはや超fazzyでno boundary」なミヤケケン、それ自体が一つの「コンテンツ」となっているミヤケケンを拝んでみたい。

 

よくもまあこんなに気持ちの悪い記事を書いたものだと思うが、彼は本当に面白い人だと思う。そして彼の魅力は他にもたくさんある。なので、三宅さんを含めV6それぞれのメンバーに対して私が感じている魅力をまた別の記事でまとめたい。また、考えをまとめきれないまま「アイドルは虚像である」というごく当たり前の結論に至っただけなので、いつか「アイドルとは何か」についても再考したい。そして何が言いたいかというと

 

 

 

健ちゃんかわいい(´;ω;`)

健ちゃんかっこいい(´;ω;`)